『最近はタバコを吸えるところも減り、喫煙者は迫害されている。これは「禁煙ファシズム」だ』
このようなことを誰かが言っているのを聞いたり、思ったりした喫煙者も多いのではないでしょうか?
「禁煙ファシズム」とは、Wikipediaによると「喫煙を擁護する言論や表現が封殺されていると考える立場の者が、ナチス・ドイツが一時期行っていた反タバコ運動に絡めて、嫌煙権運動を過激であると非難して用いる言葉」のことだそうです。
この記事ではこの論法について解説していきます。
この記事の目次
禁煙ファシズム論の破綻
たしかに、養老孟司さんなどアンチ禁煙派の方が「ヒトラーは国家として禁煙運動を始めた最初の政治家」などとよく言われています(注1)。
ナチスは公共の場の禁煙をかかげ、タバコ広告を規制したのは事実です(注2)。その2つを結びつけてヒトラーが禁煙運動を始めたから、それはファシズムだというわけです。
でも実は、電子顕微鏡、アウトバーン、テレビ放送、ジェット機、聖火リレー、源泉徴収制度、扶養控除、少子化対策、アスベスト対策、がん対策なども、ナチスの時代に世界に先駆けてつくられたものや制度です。ナチスが関係したから、それらがすべてがだめというのは相当無理があります(注3)。
ナチスがおこなったユダヤ人迫害は決して許されることではありませんが、その政策や、科学技術の進歩までがすべて悪いわけではありません。
「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」という理屈で、ヒトラーが犬を好きだったので、犬をかわいがることもダメということにはならないでしょう。
誰が禁煙ファシズム論を広めたか?
禁煙ファシズム論をタバコ文書から読み解く
禁煙啓発や禁煙運動に対するこのレトリックは実は世界中で使われています。日本が最初ではないのです。それなら、禁煙運動はファシズムという理屈を考え出し、世間に広めたのは誰だったのでしょうか?
その答えは、タバコ会社の内部文書、俗に言う「タバコ文書」を調査した論文に書かれていました。(注4)
タバコ会社の禁煙ファシズム(ニコチンナチス) 攻撃
禁煙ファシズム論の始まり
1964年に米国公衆衛生総監報告「喫煙と健康」が出されました。それには「喫煙と男性の肺がんおよび喉頭がんとの間に因果関係があると結論」と書かれていました。
当然、タバコ会社は危機感を持ちました。そこで、タバコ研究所やPR会社を通じて「支配者はナチス同様われわれの習慣まで支配しようとする」と繰り返し宣伝しました。禁煙ファシズム論の始まりです。
彼らはどこに境界線を引くだろうか?
1990年代に喫煙を制限しようとする圧力がヨーロッパでも高まりました。そこで、1995年にフィリップモリスはヨーロッパ全体で、意見広告「彼らはどこに境界線を引くだろうか?」キャンペーンを行いました。
小さな喫煙セクションを囲んだ市街地図と「また別のゲットーがほしいですか?」の見出しはナチス時代のユダヤ人ゲットーを思い起こさせ、禁煙運動はまるで喫煙者を迫害するナチスと言わんばかりの宣伝でした。
世界に広められた禁煙ファシズム論
このように禁煙運動をナチスと同一視して攻撃する手法は、米国で1960年代後半に開発され、それがイギリスからヨーロッパに伝わり、その後世界中に広められました。
禁煙ファシズム論は、実は国際的に組織されたタバコ産業の戦略に沿って出ていたのです。日本でもおそらく同様なことが行われてきたと考えられます。
『健康帝国ナチス」の誤読
日本においては、禁煙ファシズム論を述べる方々がよく引用する「健康帝国ナチス」(注5)という本があります。しかし、よく読んでみると、著者のロバート・N・プロクターは禁煙ファシズム論とは逆の考えであることが分かります。ここに引用します。
「「最後にひとつ、本書が誤解されるかもしれないのであらかじめ言っておきたいことがある。ナチスが環境問題に関心を寄せていたことを指摘する人々は時として、国家主義の環境・健康保護運動にはファシストを生む危険が内在していると主張することがある。反タバコ運動家は「健康ファシスト」とかニコチンとナチを合成して「ニコ・ナチ」と呼ばれてきた。なかば意図的に、ナチスが純粋主義者だったのだから純粋主義者はナチスである、という理屈を振りまわしているのである。こうした似非論理は昔から論理学の演習でよく扱われたものであり、論理的な誤りは明白である」
「ヨーロッパで肺ガンの80〜90パーセントが喫煙に起因するものであるというのは事実で、ナチスの時代の科学者が喫煙と肺ガンの因果関係を初めて証明したという事実があるからといってこの数字が下がるわけでもない」
彼らは、本の内容を十分に読まずに引用していることが分かります。
ゾンビのような禁煙ファシズム論
日本では、『禁煙ファシズムと戦う』(小谷野 敦、ベストセラーズ)という本が2005年に出たためか、禁煙ファシズムという言葉がよく言われていた時期がありました。
上記のように理屈が通らない話のため、最近は下火だったのですが、受動喫煙防止法がらみで最近ゾンビのように復活しているようですね。(注6)
どうやらその背後にはタバコ会社の影響もありそうです。
まとめ
この記事では、禁煙ファシズムの論理が破綻していることと、タバコ会社がその考えを広めるのに関与してきたことを述べました。
最後に
タバコ会社はなぜ、「禁煙ファシズム」なる言葉を広めてきたのでしょうか?それは、喫煙者のタバコに対する心の依存を強化して、ニコチン依存症のままでいて欲しかったからです。
タバコ会社はあなたの仲間ではありません。皆さんをニコチン依存症から足抜け出来ないように、あの手この手で喫煙に引き留めようとしているのです。
アイコスなど加熱式タバコもまさに依存症にひきとめるための新たなニコチン供給デバイスなのです。
騙されないでください。
注1) 英国のジェームズ一世がたばこの輸入関税を一挙に40倍に引上げたのが本当は最初。
「タバコ排撃論」(1603)では、「眼や鼻にいとわしく、脳に有害で肺に危険な風習である。何よりもその悪臭ふんぷんたる煙は、まるで地獄から立ち上る業火の煙のようである。」と述べている。
注2) Proctor RN. The anti-tobacco campaign of the Nazis: a little known aspect of public health in Germany, 1933-45. BMJ. 1996;313(7070):1450-3.
注4)
1. Schneider NK, Glantz SA. “Nicotine Nazis strike again”: a brief analysis of the use of Nazi rhetoric in attacking tobacco control advocacy. Tob Control. 2008;17(5):291-6.
2. 中野暢子. 禁煙ファシズム論とたばこ産業の戦略. 日本禁煙医師連盟通信. 2008;17(3):7-14.
注6)「たばこはそんなに悪いのですか?」 すぎやまこういち、山路徹、森永卓郎らが「禁煙ファシズム」と行き過ぎた規制を批判 [Internet]. キャリコネニュース. 2017 [cited 2017 Dec 25].
Available from: https://news.careerconnection.jp/?p=44383